ドボクなモノを見に行った

土木じゃない物も見つけてきた

久地円筒分水工、また桜の季節に行けなかった

電車に乗って、住宅地を歩いて行ける神奈川県川崎市の「久地円筒分水工」です。

昭和16年、二ヶ領用水路からこの地点で4地区へ分水されておりましたが、御多分に洩れず「円筒分水工あるある」の激しい水争いを経て円筒分水工が竣工します。その歴史、大きさ等々から、もちろん選奨土木遺産であり登録有形文化財にも指定されている現役で活躍中の円筒分水工です。

 

 

結構大きな円筒分水工で、正面に見えるのが分水先の川崎堀りです。

ここは桜が有名で、円筒分水工のサイフォンに映る桜の景色をネットではよく見るのですが、実物をまだ一度も見たことが無い。

年度末の3月はボロボロだし、4月は抜け殻の廃人のようだし、息を吹き返した頃は桜の散ったこの季節。

 

 

手前が登録有形文化財の碑で奥が選奨土木遺産のプレート。ちなみに、選奨土木遺産は「二ヶ領用水」で登録されており久地円筒分水工だけではありません。

流石、土木学会。用水路全体が土木遺産だよね、そうだよねぇ~って土木エンジニア的に考えながらも、横にある説明文に一言も久地円筒分水工が出てこないのが、一寸残念に思ってしまう土木マニアでもありました(笑)

 

 

住宅地にあって、ちょっとした公園にもなっている。いい環境だし、いい残し方だと思う。おそらく、こんな大きな分水工はもう必要ないのだろうけど

 

円筒分水

 

形が良いし、綺麗。別に円形にする必要なんてチットもないのに円形にするのが良い。円筒分水工を考えた人ってホント素敵

 

 

川崎堀りの用水路を眺めつつ、付近をブラブラしていると「かすみ堤」を発見

 

 

武田信玄の時代に行われた土木治水技術「甲州流川除法」による洪水コントロールシステム「霞堤」がこの多摩川にもあったのか!

なぁんて、ちょっと想像してしまいました(笑)

 

 

甲州流川除法の霞堤とは目的が違い、江戸時代に造られた多摩川の本堤跡です。

地元で大切に保存されており、春には綺麗な桜堤になるそうです

 

 

なんとまあ、前回の更新から丸一年が経っておりました

少しづつではありますが更新を始めていこうと思っております

それではまた、見に来ていただきありがとうございます